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和歌山地方裁判所 昭和33年(む)4131号 判決 1958年9月03日

被疑者 北条力

決  定

(被疑者氏名略)

右の者に対する地方公務員法違反被疑事件について昭和三三年九月一日和歌山地方裁判所裁判官がなした勾留の裁判に対し、即日弁護人中谷鉄也、中田直人より右裁判の取消を求める旨の準抗告の申立があつたので、当裁判所は次の通り決定する。

主文

本件申立はこれを棄却する。

理由

本件申立理由の要旨は、和歌山地方裁判所裁判官が昭和三三年九月一日別紙記載の被疑事実につき罪証隠滅のおそれありとして被疑者を勾留する旨の裁判をなしたが、右裁判は次に述べる理由により不当である。

(一)  被疑者は本年八月二八日午後一〇時頃和歌山市茶屋ノ丁一丁目の自宅において警察官により逮捕状を持たずに逮捕された。被疑者はその違法性を主張して抗議したところ、ようやく翌日午前二時頃に至り橋爪刑事が逮捕状を示したが、右逮捕状は田淵史郎に対する逮捕状であつた。従つて被疑者に対する本件逮捕は、憲法並びに刑事訴訟法の規定に違反し令状なしに行われた違法なものである。仮に同人に対する逮捕状が既に発行されていたとしても何ら急速を要する場合でもないから、逮捕に際しては逮捕状を被疑者に示さなければならないのにも拘らず、右の如き適法な逮捕手続が全くなされていない。然らば被疑者に対する本件逮捕は違法であり、従つて右の如き違法な逮捕を前提とする勾留が許されないことは当然の事理である。

(二)  本件被疑事件は、昭和三三年六月三日以前になされた行為に関するもので、既に今日まで八〇数日を経過し、その間捜査当局は三回にわたり百数十ヶ所を捜索し、捜査に必要と思われる資料を多数押収し、百余名に及ぶ関係者を取り調べている点を考えるならば、もはや隠滅すべき物的、人的証拠は何も存しない。然も被疑者は教育公務員で、その社会的地位、教養、環境かみても罪証隠滅のおそれはあり得ない。

と謂うにある。

よつて考えるに

(一)  本件資料によれば、本件被疑者の逮捕に際し警察官が逮捕状を示さなかつたことは認められる。(尤も被疑者に対する本件被疑事実についての逮捕状は、昭和三三年八月二三日和歌山地方裁判所裁判官により発せられており、又右逮捕の際逮捕状が発せられている旨並びに被疑事実の要旨を告げていることは本件資料により明らかである。)然し、本件勾留は和歌山地方裁判所裁判官による適法な手続を経てなされているのであるから、仮に前記の逮捕が要急性を欠き違法のかどがあつたとしても、これが為に本件勾留が違法であるとは言えない。

(二)  本件資料によれば本件事犯に関し和教組等の名義を以て関係書類の焼却、参考人の捜査当局に対する出頭乃至供述の拒否等を傘下組合員に指示していること、事実、参考人の出頭乃至供述の拒否等の行われた状況が一応疎明し得られるのであつて、右は本件資料によつて認められる和教組の組織、統制力、和教組内に於いて被疑者が肩書記載の如き地位にある点その他の諸事情を綜合考察すれば、被疑者の活動が強く影響したであろうことが窺われる。更に本件事案の捜査としては、本件資料に徴するとき本件一斎休暇の計画立案過程特に六月三日の執行委員会の状況について、なお相当の捜査をなすべき余地が存するものと考えられる。

そうとすれば本件事案の規模、態様、和教組の組織力並びに前記事情を併せ考えると本件の場合被疑者は罪証隠滅すると疑うに足る相当な理由があるものと解される。

よつて本件準抗告は理由なきものとして、刑事訴訟法第四三二条第四二六条第一項により主文の通り決定する。

(裁判官 山崎林 林義一 早川博昭)

別紙

被疑者は和歌山県教職員組合書記長であるが教職員に対する勤務評定実施反対の目的を以て当組合傘下組合員である市町村立小中学校教職員をして年次有給休暇に名を藉り校長の承認なくして就業を放棄し同盟罷業を行わしめるため、これをせん動することを企て他の組合員等と共謀の上、同年六月三日和歌山市一番丁和歌山電報局より和教組執行委員長岩尾覚等の名義を以て来る六月五日校長の承認なくして全員有給休暇をとり勤務評定反対に関する措置要求のための郡市単位の大会に参加すべき趣旨の指令を県下の市町村立小中学校五百三十四校の教職員たる職場委員宛に打電し、これらを含む教職員たる約六千五百名の傘下組合員に対し右指令を伝達し以て地方公務員たる市町村立小中学校教職員に対し同盟罷業を遂行すべき事をあおつたものである。

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